陰陽差事録・デザイナーインタビュー

陰陽差事録・デザイナーインタビュー

「阴阳差事录(陰陽差事録)」は、中国・魏晋南北朝時代に大量に書かれたという志怪書をモチーフにつくられたボードゲームです。

陰陽差事録ゲーム詳細

後漢が滅亡し、魏・呉・蜀が覇を競った三国時代の220年ごろから、隋の中国再統一の589年に至る約370年間の時代に、多くの怪異、超自然現象、幽霊や物の怪についての記録が残されました。

志怪とは「怪を志(しる)す」の意で、内容の真偽は不明ですが、当時では「怪異の記録」が書かれた「歴史書」として考えられていた側面もあるといいます。

後漢崩壊から三国時代、そして北方民族が流れ込み小国が乱立、戦いを繰り返した3世紀は、人口が激減した動乱の時代でした。「陽の世」と「陰の世」つまり生と死の距離がとても近かった。

現世にとどまる幽霊や物の怪、あの世と行き来する人物の物語は、はからずも戦争や病気などで死んでしまった名もなき市井の人々の恐れか、もしくは願いが生み出した物語ではないかと思い巡らせてしまいます。

そして志怪書は後の世にも影響を与え、唐代以降の伝奇小説へと「小説」として引き継がれていきました。

 

「陰陽差事録」のデザイナーである浪子さんは、そんな志怪の世界に熱中した中国の女性です。日本語版発売にあたってインタビューをし、その情熱を語ってもらいました。

--志怪書に出会ったきっかけを教えてください。

大学にいた時、私は志怪に類する文章を読むのが好きでした。特に栾保群先生の「扪虱谈鬼录(捫虱談鬼録)」は、私にとって新しい世界への扉となりました。 民俗、特に妖怪文化は本当に面白いです。

私は多くの志怪の文献が、言葉や語り口は素晴らしく、想像力に満ちていると思っています。でもそのほとんどは古典の中に埋もれて忘れ去られています。「百鬼夜行」について話すと、中国でも日本の妖怪を思い浮かべることが一般的だと思います。年代を考えれば中国の妖怪文化はその源流と言えるかもしれないのに、です。

儒教、仏教、道教と三つの宗教の影響もあり、中国の妖怪の世界は複雑で混沌としたものとなっています。当時の豊かな民俗文化が数多く含まれていて、とても活気に満ちています

 

 ーー 志怪書の世界について教えてください

古代中国では、市民の生活はほとんどの場合、とても困難なものでした。教育もお金も地位もありません。彼らにとって志怪書の世界は公平で人道的で、今とは違う生活の可能性を想像する場所であり、同時に現実世界のしきたりも感じさせる残酷な並行世界でもありました。

中国の志怪の世界観は非常に混沌として複雑で、儒教、仏教、道教の三教の影響を受け続けています。また、民間宗教の隆盛もあり、時代ごとに異なる多様な人間と幽霊のやりとり、相互作用する様子が見受けられます。

しかし全体的に見ると、これらの志怪物語はほとんどが生命力に満ち、一般人の喜びや悲しみを背負っています。私は帝王将相の壮大な歴史物語とは異なる、このような温かみのある物語が好きです。

ボードゲームで取りあげた「活阴差」の伝説は実際に多くの地域に広がっていて、地域によって呼び名も異なります。


(魂を冥府へ連れていく存在は中国各地に伝わる。「黒無常」「白無常」はその代表的なものだが、彼らは人間ではなく冥府に所属する。それに対して活阴差は生きている人間で冥府のために働く身分だという)

 

ーー志怪書のどんなところに惹かれますか

私が思うに、中国の志怪物語の大きな特徴は、「幽霊の話を使って人間社会の真実を暴く」ということです。古代の幽霊の話を読むことができるのは、ほとんどが恐ろしいものではなく、むしろ温かみがあります。

多くの幽霊は未練や果たされない願いがあるために人間界に留まり、去りたがらないのです。また、志怪小説は文辞が簡潔で精確で、物語自体が想像力と空白の余地に満ちています。私は大学で文学を学んだので、文字自体が持つ美しさをとても気に入っています。

添付の「有鬼一册」の物語集については、このボードゲームを作るために手を尽くした結果です。皆さんには是非これらの数千もの志怪文献から選りすぐった小さな物語をお楽しみいただきたいと思っています。ですから、もし中国語を理解できる人であれば、ぜひ中国語版の鬼冊を読んでみてください!

 (「有鬼一册」巻末のQRコードから日本語訳を読むことができます)

 

ーーボードゲームをつくったのはなぜですか

実は私は志怪書の中でも特に幽霊に関連するテーマが好きで、妖怪系の話はあまり読んでいませんでした。2020年から意識的に選んで読むようにしてから、大小さまざまなの話を数万は読んだと思います。


私は文学を学び、その後デザインを学びましたが、次第に自分の創作の興味は伝承とその記録から離れられなくなりました。志怪小説における人間と幽霊の世界の相互作用の論理をゲームのルールに変換するのは非常に面白い創作過程だと感じています。

 

--苦労した点は

2020年の春から、私は志怪をテーマにしたボードゲームを作ることを決意しました。過去4年間で多くの志怪の話を読みこみ、テーマとルールは2020年から2022年、そして2023年にかけて3回大きく変更しました。

ゲームの基本的なプレイ方法を決定するのが最大の困難でした。最初の2年は欲張りすぎて、可能な限り多くの志怪の物語をこのボードゲームに詰め込みたいと考えていました。しかし、実際にはほとんどの志怪物語は短く、互いに独立した物語のため、一つの合理的な世界観の中にどう収めるかが最も頭を悩ませる問題でした。

これはボードゲームであり、ゲーム性は非常に重要です。ようやく執念を捨ててゲームの中核として「活阴差」と「掠剩使」の2つの役職を選ぶことにし、現在のメインストーリーと融合しない多くの素晴らしい話を痛みを伴いながら捨てました。

ルール以外にも、全体的なビジュアルとアクセサリーの製作には、多大な努力(とお金)を費やし、色と全体的な質感の組み合わせに注意を払っています。
 

 

ーーデザインが美しいボードゲームです

私はあまり絵が得意ではありませんが、ほとんどの人にとって画像の力は文字以上であることを知っています。そのため、私の主要なビジュアルとして、中国雲南省の無形文化遺産である「甲馬(ジャーマー)」を選びました。

「甲馬」は、民間宗教の祈りや災害を鎮める儀式で焚かれる、さまざまな彫刻版印刷品の総称で、主に中国雲南地域で広く親しまれています。白族の甲馬は「紙符」とも呼ばれ、古風で神秘な特徴があります。これがボードゲームのテーマととてもよく合致していると感じました。甲馬の図録を参考に、いくつかのクラシックなパターンを選び、解析し、再構成して、ボードゲームのビジュアル要素としました。

また、コンポーネントの製作にあたっては、できるだけ伝統的な中国の色彩感を持つ色と素材を選びました。たとえば、「符」は本物の符紙を使用し、その紋様はすべて手作業で印刷しています。靴牌と花牌は木製で、手作りな感じを意識しました。布製のボードにはレーザー彫刻の技術を用いています。素材の黒い布も印刷に適したものを探し、一枚一枚適切な色が出るか試しました。



 
(雲南地方の版画の呪符--甲馬)

 

ーーどんな風に遊んでほしいですか

皆さんには、よく晴れた午後に、2、3人の友人を誘い、お茶を飲みながらこのボードゲームを楽しんでいただきたいです。そして最も重要なのは、カードに書かれた物語を読む時間を楽しんでいただくことです。

 

ーー日本の怪奇ファンに一言お願いします

日本の怪奇ものを愛する人たちには、ぜひ中国の唐宋時代の志怪文学を読んでみてほしいと思います。そこには、日本ので親しまれているキャラクターや物語の原型を見つけることができるかもしれません。

 

 

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